福井・勝山への旅④ ~'2010 冬 恐竜の谷で時の流れを思う~

 ……われわれは進歩に疲れ、速さの理想や淵まで一杯になった時間からも、「空間の四次元」からも目を転じて逆行し、なにものかへまなざしを向けたいという欲望を感じる。しかし何に向かってまなざしをむけたいのだろうか。……それはすなわち生命との接触、生命がそのうちにもっている「自然的なもの」または原始的なものとの接触を回復すること、科学ばかりでなく、その他すべての精神的生命の発現がそこから湧き出るところの第一の源泉に立ち戻ること……である。

                                     (『生きられる時間』ミンコフスキー/みすず書房より)

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 (「福井・勝山への旅③ ~'2010 冬 福井県立恐竜博物館にて~」より続き)

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▲ティラノサウルス・レックス(白亜紀後期/北米)……おそらく全恐竜の中でもっとも人口に膾炙している大型肉食恐竜。圧倒的な強さとバランスを感じさせるフォルムには美しさすらある。1990年にサウスダコタ州で発見され、発見者にちなんで「スー」と名づけられたメスのティラノサウルスは、腓骨(ひこつ)が折れたあと、完全に治癒していた形跡があった。これは、「スー」が怪我をしたあとに仲間に助けられ、生き延びられたことの証ではないかとされている。

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▲サウロロフスの一種(白亜紀後期/モンゴル)とオロロティタン・アルハレンシス(白亜紀後期/ロシア)……両者とも白亜紀後期の大型草食恐竜で、頭部にある角状の突起が特徴的。この突起は、原生のある種の鳥類と同様、固体識別や仲間とのコミュニケーションのための器官であったと考えられている。彼らが生きていたときの姿はどのようなものだったのだろうか?

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▲フクイラプトル・キタダニエンシス(白亜紀前期/日本)……北谷で発見され、2000年に記載されたばかりの肉食恐竜。骨格全長は4.2mだが、これは未成熟の固体であり、成長するとより大きくなった。アロサウルス上科に属すると考えられている。白亜紀の、後に福井県と呼ばれる場所で彼らは何を見、どんな生活をしていたのだろうか?

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▲フクイサウルス・テトリエンシス(白亜紀前期/日本)……全長4.7m。1989年から始まった調査で発見され、復元が待たれていたイグアノドン科の草食恐竜。94年に僕が福井でのサマースクールに参加したときはまだ調査段階であったが、2003年に新種の恐竜として命名され、今回やっと目にすることができた。

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▲クンミンゴサウルス・ウディンゲンシス(ジュラ紀前期/中国)とマメンチサウルス・ホチュアネンシス(ジュラ紀後期/中国)……ともにジュラ紀のアジアに生息していた竜脚類であるが、クンミンゴサウルスは比較的首が短く、マメンチサウルスは全長の半分を首が占めるほど長大な首を持つ。まさに見上げんばかりの巨大恐竜で、悠然と生きていたことが想像される。見ていると、彼らが持っていた時間感覚はどのようなものだったのだろうかと、気の遠くなるような思いに陥ってしまう。

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 かつて地球上に、たしかに存在していた恐竜たちの亡骸の数々を前にして僕が感じることの一つは、文明社会の中で生きる一人の人間としての自分が、普段の日常で感じるものとは異なる時間の感覚です。
 僕たちは高度に自動化・スケジュール化された普段の日常生活において、慌しく日々の活動をしています。そして、そのめまぐるしく流れていく直線的な時間感覚に時としてついていけず、めまいと息苦しさを感じてしまうこともしばしばです。そのような時に、本来の生命としての自分がそのうちに持っている「自然的なもの」を回復したいという欲求が生まれ出てきます。それは、自然の一部である人間誰もが持っている、根源的な時間感覚と言い換えることができます。

画像 「もしも宇宙の歴史を一年に置き換えたら?」という天文学者カール・セーガンの「宇宙カレンダー」のことを僕が知ったのは、たしか小学3年生の頃だったと記憶しています。およそ137億年という気の遠くなるような宇宙の歴史をイメージしやすいように一年間=365日に置き換えると、地球が誕生したのが大体8月31日で、最初の生命が誕生したのが9月21日。恐竜の全盛時代である中生代は、12月25~28日のおよそ4日間に当たります。人類の歴史はというと、12月31日の23時台後半になってやっと幕を開けます。さらに、農耕の開始や都市の建設などという本格的な文明が始まってからの狭義の人類史は、何と1分間にも満たない長さです。言うまでもなく、この人類の時間に含まれる個人個人の人生の時間などは、限りなくゼロに近いものでしょう。
 僕たちは日常的には、歴史上の先人たちがこれまで織り成してきた人間の歴史を、途方もなく長い時間であると感じてしまいます。しかし、その長さもかつて地球上に君臨していた恐竜たちの生きた長さに比べると、吹けば飛ぶようなものに過ぎません。さらに、それらすべてを包み込んでしまうくらいの気の遠くなるような長さの時間を地球、もっと言ってしまえば自然全体は持っています。

 人類の1人として今を生きている僕も、やがていつかは死を迎えます。そして、僕が知っているたくさんの人たちや場所、あらゆる集団も、いずれは姿を消していくことになります。そう考えることは、時として泣きたくなるような悲しさをもたらします。けれども、自分の生命の時間は、想像もできないくらい大きな自然の時間の中に包まれていると考えること、自分自身もまさに自然の一部なのだと考えることは、不思議な安心感と安らぎを、僕に与えてくれます。
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