北村薫 『水に眠る』

 物語を聞くこの瞬間が、すでにもうひとつの物語の始まりだ。

                                       (谷川俊太郎『ストーリーテラー』より)

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 去る2月10日(日)、高円寺で行われた『声薫る夕べVol.6』に行ってきました。
 和楽器などを使った様々な音楽と朗読のコラボレーションを中心に、幅広く表現活動を展開されている「かたりと」の皆さまによるこの舞台も、今回で6回目。自分もVol.3から聞きに行かせて頂いていますが、毎回様々な物語世界が音楽、そして語りによって生き生きと眼前に広がる思いを感じることができます。
画像 作家が自分の作った文学作品や詩をサロンなどで人々に読んで聞かせることなどは、特にヨーロッパでも昔からあったようですが、やはり物語を出来上がった映像で見せるのではなく、音声のみで聞くということは、自分のイメージする余地が多分に残されていて、テレビや映画などとはまた違った魅力を持っています。

 このイベントは、日本を代表するミステリー作家、北村薫氏の短編小説やエッセイを朗読と音楽で語るというもの。今回は氏の初期の短編集『水に眠る』(文藝春秋)より『恋愛小説』という印象的な一編が取り上げられました。

 【物語】
 保険会社に勤める美也子は、母親から時々持ちかけられる見合い話に苛立ち、職場の後輩の若さをふと眩しく感じながらも、東京で淡々と生活している。そんなある日、突然奇妙な電話がかかってくる。受話器を取ると誰の声も聞こえず、なぜか音楽が流れてくる。しかしその題名も分からない音楽は、不思議と美也子の心に安らぎを与える。その電話は美也子の生活の一部となっていき、やがて一年が過ぎた……。

画像 前半に描かれる、主人公の漠然とした不安、寂しさなどの心情の揺らぎ。日常の中にふと現れる不思議な出来事。そして最後に訪れる、未来への期待感に満ちた結末―。劇中に登場する美しい音楽が全編に渡ってのBGMになっているかのような、一読忘れ難い短編です。
 『声薫る夕べ』では、この物語の透明感あふれる幻想的な雰囲気によく合っている、ドビュッシーの楽曲がピアノ演奏で演奏されました。さらに、語りの北原さんの臨場感あふれる台詞回し(台本を見ない状態での公演でした)、会場となった「ドーモ・アラベスカ」の柔らかい佇まい、雰囲気も相まって、とても気持ちの安らぐ時間が流れました。この日は作者の北村氏本人も来られていて、氏の最新作であるエッセイ『読まずにはいられない』(新潮社)を購入することができました。本の最初のページに僕の名前も書いて頂き、握手もして頂くことができました。また、朗読の北原さんとも公演後少しお話することができ、次回のご案内などをして頂きました。是非今後もいろいろな物語を聞いてみたいと思っています。

 公演が終わり、2月から住み始めた下北沢へ帰るために駅へと向かいました。
 駅へと続く賑やかな商店街を歩きながら、さっきまで浸っていた物語世界を頭の中で追っていました。北村氏の描く物語の登場人物は、時には壁にぶつかりながらも真摯な姿勢で、一歩ずつ誠実に生きている人たちばかり。それはとりもなおさず、作者北村氏の人を見る目の温かさを表わしていると感じますが、そんな誠実な生き方をしている人たちには、いつかこの物語のような奇跡も訪れるのかもしれない―。何となくでも、そうしたことを少しは信じてみてもいいかという前向きな気持ちにさせてくれるのが、北村作品の持つ力だと感じます。
 高円寺の駅へ向かっているとき、何となくそんなことを考えていました。
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この記事へのコメント

katarito
2013年03月05日 12:15
ありがとうございました。
「こういうこと、あるかもしれない」って、ご覧になった方のお一人でも思って返って下さったことが嬉しくてなりません。
運命を信じる勇気、強さ…言葉にすると少しこそばゆい位の現実を、
目の前に差し出してくれる北村作品は、不滅ですね。
Xie
2013年03月13日 02:09
毎回豊かな物語世界を味わえる時間をありがとうございます!一人で読むときとはまた違った形で、作品に込められたメッセージが伝わってくるようでした。
また次回も楽しみにしています!

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