アラスカ⑫ 帰還~レイブン・ジャーニー
クリンギット族、ハイダ族だけでなく、アサバスカンインディアン、そしてエスキモーの人々までワタリガラスの神話を持っているのはなぜだろうか。その偶然性を長い間不思議に感じていたのです。
それは決して偶然ではなく、人々はワタリガラスの神話を抱きながら、アジアから新大陸へ渡ってきたのではないでしょうか。
(星野道夫「エスター・シェイの言葉」より/ほたるの本『森と氷河と鯨』収録)
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(『アラスカ⑪ ルース氷河~氷河湖』より続き)
セスナは再びアンカレッジ市内へ向けて飛んだ。
行きとは違うルートで、デナリ国立公園の大平原やツンドラも上空から見ることができる。運が良ければカリブーの群れが移動している様子が見られないかとも思ったが、この日は見ることはできなかった。雪の中デナリ国立公園で見たあの一頭のカリブーは、今どこにいるのか?








セスナは無事アンカレッジに帰還。シャトルバスで市内に戻った。スタッフたちとの別れ際、氷河までセスナを飛ばしてくれた、朴訥とした命知らずのパイロット―アラスカの「素晴らしきヒコーキ野郎」―と記念撮影。

ちょっとした時差ぼけのような感覚のままダウンタウンを歩き、遅めの昼食を取った。町中にはさまざまな土産物屋やレストランの他、至る所にアラスカの野生動物を象った彫刻やトーテムポールなどが見られた。
(植村直己が通っていたという毛皮屋や、FBIのアンカレッジ支局などもあった。)
また、市内から程近いクック入り江には、その名のもとになったイギリス出身の海洋探検家、ジェームズ・クック(1728~1779)のブロンズ像が海を見渡せるような位置に置かれている。
その後、市内の中心部にある博物館へ。クリンギットやハイダ族など、アラスカを含む北極圏のイヌイットの工芸品が多く展示されている。
イヌイットの神話によると、この世界ははるか昔にワタリガラス(レイブン)によって創造されたとされている。また、イヌイットたちは自分たちがワタリガラスの他にハクトウワシ、クマ、クジラ、オオカミなど、何らかの動物の家系(クラン)に属すると考えてきた。北海道のアイヌとの文化的共通点も多い。故星野道夫氏の友人であるイヌイットの語り部ボブ・サム氏は、青森県の三内丸山遺跡に復元された「大型掘建柱建物(おおがたほったてばしらたてもの)」を見た際、建物の造りがイヌイットのものと共通すると語ったという。6本の柱はイヌイットの世界でもっとも重要なクランである6種類の動物を表わしていて、もしかしたら縄文期の日本の文化と、イヌイットの文化は共通のルーツを持つのではないかと、期待は膨らんでくる(アイヌ神話にも、イヌイットの神話と共通する要素が多い)。さながら、ワタリガラスの神話を抱いた人々が大陸から大陸へと渡り歩いていったことは、「レイブン・ジャーニー」とも言うべきものである。


とはいえ、博物館に展示されているワタリガラスの像たちは黙して語らず、閉館間近ということもあり館内はひっそりと静まり返っている。アンカレッジの町中にたたずむいくつものトーテムポールからも、何か神秘的なオーラやスピリチュアルな何かなどを感じることは、ついに自分には出来なかった。
夜になり、夕食を終えてホテルに戻るとき、民族衣装を身にまとったネイティブと思しき老人が一人、物乞いをしていた。何とも言えない感情が湧き出てきたが、そのまま足早に通り過ぎた。
ゴールドラッシュ以来、今に至るまで近代的な文明や考え方が広まり続け、イヌイットの価値観は大きく変化せざるを得なかった。それを、「変化した」と言うべきか、意図的に「変えられてしまった」と言うべきか。失われていく文化にノスタルジーを感じるのは簡単だが、それだけでは見えてこない時の流れの様相を虚心坦懐な心で感じ取るのもまた大切。
いずれにしても、イヌイットの神話の時代には人々がたしかに持っていた「神話の力」、「語る力」は、今やかなり失われてしまっている。
(『Intermezzo ~白夜の月~』へと続く)
それは決して偶然ではなく、人々はワタリガラスの神話を抱きながら、アジアから新大陸へ渡ってきたのではないでしょうか。
(星野道夫「エスター・シェイの言葉」より/ほたるの本『森と氷河と鯨』収録)
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(『アラスカ⑪ ルース氷河~氷河湖』より続き)
セスナは再びアンカレッジ市内へ向けて飛んだ。
行きとは違うルートで、デナリ国立公園の大平原やツンドラも上空から見ることができる。運が良ければカリブーの群れが移動している様子が見られないかとも思ったが、この日は見ることはできなかった。雪の中デナリ国立公園で見たあの一頭のカリブーは、今どこにいるのか?
セスナは無事アンカレッジに帰還。シャトルバスで市内に戻った。スタッフたちとの別れ際、氷河までセスナを飛ばしてくれた、朴訥とした命知らずのパイロット―アラスカの「素晴らしきヒコーキ野郎」―と記念撮影。
ちょっとした時差ぼけのような感覚のままダウンタウンを歩き、遅めの昼食を取った。町中にはさまざまな土産物屋やレストランの他、至る所にアラスカの野生動物を象った彫刻やトーテムポールなどが見られた。
(植村直己が通っていたという毛皮屋や、FBIのアンカレッジ支局などもあった。)
また、市内から程近いクック入り江には、その名のもとになったイギリス出身の海洋探検家、ジェームズ・クック(1728~1779)のブロンズ像が海を見渡せるような位置に置かれている。
その後、市内の中心部にある博物館へ。クリンギットやハイダ族など、アラスカを含む北極圏のイヌイットの工芸品が多く展示されている。
イヌイットの神話によると、この世界ははるか昔にワタリガラス(レイブン)によって創造されたとされている。また、イヌイットたちは自分たちがワタリガラスの他にハクトウワシ、クマ、クジラ、オオカミなど、何らかの動物の家系(クラン)に属すると考えてきた。北海道のアイヌとの文化的共通点も多い。故星野道夫氏の友人であるイヌイットの語り部ボブ・サム氏は、青森県の三内丸山遺跡に復元された「大型掘建柱建物(おおがたほったてばしらたてもの)」を見た際、建物の造りがイヌイットのものと共通すると語ったという。6本の柱はイヌイットの世界でもっとも重要なクランである6種類の動物を表わしていて、もしかしたら縄文期の日本の文化と、イヌイットの文化は共通のルーツを持つのではないかと、期待は膨らんでくる(アイヌ神話にも、イヌイットの神話と共通する要素が多い)。さながら、ワタリガラスの神話を抱いた人々が大陸から大陸へと渡り歩いていったことは、「レイブン・ジャーニー」とも言うべきものである。
とはいえ、博物館に展示されているワタリガラスの像たちは黙して語らず、閉館間近ということもあり館内はひっそりと静まり返っている。アンカレッジの町中にたたずむいくつものトーテムポールからも、何か神秘的なオーラやスピリチュアルな何かなどを感じることは、ついに自分には出来なかった。
夜になり、夕食を終えてホテルに戻るとき、民族衣装を身にまとったネイティブと思しき老人が一人、物乞いをしていた。何とも言えない感情が湧き出てきたが、そのまま足早に通り過ぎた。
ゴールドラッシュ以来、今に至るまで近代的な文明や考え方が広まり続け、イヌイットの価値観は大きく変化せざるを得なかった。それを、「変化した」と言うべきか、意図的に「変えられてしまった」と言うべきか。失われていく文化にノスタルジーを感じるのは簡単だが、それだけでは見えてこない時の流れの様相を虚心坦懐な心で感じ取るのもまた大切。
いずれにしても、イヌイットの神話の時代には人々がたしかに持っていた「神話の力」、「語る力」は、今やかなり失われてしまっている。
(『Intermezzo ~白夜の月~』へと続く)
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