イギリス⑪ バーナム・オーバリー~『思い出のマーニー』
けれども、泣きながらも、新しい、気持ちのいいさびしさが、アンナにしのびよって来ていました。それは、なにかを楽しんで、そして、それが終わったときに感じるさびしさで、なにかをなくして、もう二度とそれを見つけることができないときのさびしさとは、ちがいました。
(ジョーン.G.ロビンソン『思い出のマーニー』岩波書店より)
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(『Intermezzo ~Night Walk in London~』より続き)
「―本当に、来てしまった。」
海辺に佇む青い窓のレンガ造りの家、草原の真ん中に立つ風車小屋を目にしてそう思った。かすかに潮の香りが混じった風、澄み渡った青い空を行く雲の群れ。何日かのイギリスでの滞在の中で、ここまで理想的な天候に恵まれた瞬間はそう多くなかった。長く想像の中で描いていた物語世界の只中に、自分自身がいるという事実に、思考がついていかない。「今、ここ」がまさに物語の中であるという、味わったことのない感覚。
早朝6時頃起床。やはり旅先だと早く目が覚める。まだ陽が登り切っていない早朝のロンドンを歩き、宿の最寄り駅へ向かう。まずはロンドンから北へ2時間ほど、ノーフォーク州のキングズリンへ行くこと。そこからはバスを使って2時間弱。日本で得ていた情報は、ほぼこれだけだった。どのガイドブックにも載っていない。正直なところ、行けるかどうかも自信がなかった。それでも、とにかく行ってみて、その場所をこの目で見たいと強く思っていた。
バーナム・オーバリー。これから自分が行こうとしている目的地であるこの小さな海辺の村は、児童文学家ジョーン.G.ロビンソンの代表作『思い出のマーニー』の舞台となった場所である。作中では「リトルオーバートン」とされている村。
『思い出のマーニー』は、幼い頃に孤児となった少女アンナが主人公。一見「ふつうの子」ではあるがどこか他人と距離を置いているアンナは、療養のため海辺の村リトルオーバートンでひと夏を過ごすことになる。アンナは海辺に建つ「湿っ地屋敷」に、なぜか特別な思いを感じるようになり、そこに住む不思議な少女マーニーと友情を深めていく。しかし、村の人間の誰もが、マーニーのことを知らなかった……。
マーニーとは誰か? 物語の中に散りばめられた謎が最後のシーンで解決していくミステリーの雰囲気を持ちながら、主人公の少女が自身の内面と向き合い、現実を生きていく力を得ていくプロセスが非常に魅力的なストーリー。心理学者の河合隼雄氏も、この作品は「人が自分の物語を生きる」ということに対して多くの示唆を与えてくれると評している。以下、講談社『子どもの本を読む』に掲載されていた印象的な知見。
・人間は他人の「たましい」を直接癒すことはできず、むこうからこちらへ向かって生じてくる自然の動きを待つしかない。しかし、そのためにはその人をまるごと好きになることと、できるかぎりの自由を許すことが必要なのである。マーニーや、アンナを引きとったペグ夫妻は、まさにそれをしたのだと言える。
・「たましい」の深い次元に至る癒しの仕事が行われるとき、その人は時に危険極まりない世界の近くをさまよわなければならないこともある。
・別れることは淋しい。しかし、充分な体験を伴う別れは、新しい出会いをアレンジする。
昨年スタジオジブリで映画化されてから出版された岩波書店の特装版巻末に、作者のロビンソン氏の長女であるデボラ・ロビンソン氏の談話が収録されている。そこに、30年ほど前に『思い出のマーニー』を読んで感動した一人の日本人男性が、バーナム・オーバリーを訪れたエピソードが紹介されている。
彼はイギリスへのツアー旅行中、物語の舞台を訪ねようと思った。英語もままならない彼は、苦労しながらもキングズリン駅からのバスを探し、「リトル・オーバートン」がどこにあるか探し出そうとした。しかし、誰に聞いても「そんな村は知らない」と言う。途方に暮れた彼はとりあえずバスに乗り、おそらく海辺にあると思われるその村を探した。そして、バスがとある曲がり角を曲がったとき、印象的な風車が目に入った。挿絵で目にしていたそれと酷似している、白と黒のコントラストが印象的な風車。「ストップ!」彼はバスを降り、そこが彼の探し求めていた「リトル・オーバートン」=バーナム・オーバリーであるということを悟った。
自身を形成するのに少なからず影響を与えた物語の舞台に身を置くことができた感慨は、簡単に言葉では言い表せないものだったろう。
物語では、主人公アンナはロンドンのリバプール駅からキングズリン駅へ行った後、乗り換えてヒーチャムという場所まで行く。ところが、ヒーチャム駅は1969年で閉鎖されている。『思い出のマーニー』が出版された当時は、まだこの場所に鉄道が走っていたのだ。上記日本人男性も、行ってみて初めてそのことを知って驚いたのではないだろうか。
キングズリン駅に到着。自分の中では複雑で大き過ぎたロンドンの町と比べ、どこかゆったりとした空気感が流れる海辺の町。案内表示を見てバスターミナルまでの道を歩く。大小様々な小ぎれいな商店があり、小さくとも一通りの生活に必要なものは手に入る場所。
バスターミナルに着き、いくつもの表示から目的地の表示を見つけることはできた。とはいえ、そこへ行くバスが何時に来るのか、何番目の停留所で目的地へ着けるのかが分からない。自分も英語はそこまで堪能ではない。言葉もうまく通じない場所で、違う場所に行ってしまうことは何とか避けたい。
すると、近くにいた初老の男性が「May I help you?」と声をかけてきた。自分の行き先を告げると、それはこのバス停で間違いない、あと10分でバスが来るからそれに乗るといい、大体1時間半で目的地だと、聞き取りやすい発音の英語で教えてくれた。デニス氏と名乗るその男性は、以前豊橋で日本語教師をしていたことがあったという。「そのときたくさんの日本の人に助けてもらったからね」と、笑いながら語った。初めて訪れる異国の地で、このような出会いは本当に心に残る。「バーナム・オーバリーか。海がきれいで、穏やかないいところだよ。『思い出のマーニー』って話は自分は知らないけど、まあ楽しんできなよ。」彼はそう言って、何か困ったことがあったらここに連絡するようにと、自分の携帯電話が書かれたメモ用紙を渡して別のバスに乗っていった。いつかまた親切な彼と会える日が来るだろうか。
バスに乗り込み、車窓からの眺めに見いる。バスは町中を離れ、徐々に海辺に近付いていった。予定では9:30頃に目的地であるバーナム・オーバリーに着くはず。途中、いくつかの海水浴場を過ぎる。季節が夏から秋へと移り変わるときなので、海に入っている人はいないが、砂浜で日光浴をしている人が目についた。カモメの鳴き声も聞こえてくる。穏やかなイギリスの田舎の風景。


その後、地平線まで見える草地、畑地を通り過ぎる。イギリスに来てから雲が低く垂れこめる日が多かったが、今日は「空が高い」と感じる。突き抜けるような青空に、流れる白い雲。自分が目的地に確実に近付いていることが徐々に感じられる。
いくつかの住宅地を抜けて大きな畑地を過ぎた後、バスは大きく左折した。遠くにかすかに海の青が見えた。
そのとき、左手の彼方に、広い草地の真ん中に建つ風車が目についた。「あっ!」と思わず言ってしまった。間違いない、『思い出のマーニー』に登場した風車だ。
はたして、バスは直後の停留所である「バーナム・オーバリー」に止まった。自分の他に降りたのは数人。バスが去った後、自分は停留所から続く、海への小道を歩いた。ほんの少し歩いただけで、海岸に出た。そして右手を向いた時、再び声を出してしまった。
そこに、あの「湿っ地屋敷」があった。赤いレンガ造りの印象的な建物。縁を青く塗られた窓が特徴的。現在は穀物小屋として利用されているという建物。「屋敷」というほど大きくはないが、物語が作られた当時は周りに他の建物がなかったため、今より大きく見えたかもしれない。
作者のロビンソン氏は、この屋敷の窓辺に髪をとかしている金髪の少女の幻を見て、この物語を考えたとされている。夕闇に染まる屋敷の窓辺で、髪をとかしている謎めいた金髪の少女。そのイメージは、広がりのある物語性を帯びている。


その日は村でマラソンの大会が行われているようで、ウェアを着た人や応援の人で海岸も賑わっていた。すれ違う人たちが自然と「Hello」と挨拶をしてくる。ロンドンではなかったこと。開放的で温かな空気感が心地よい。
少し歩いて、先ほど目にした風車小屋まで行った。青空をバックに佇む黒い風車は、どこか重厚な存在感がある。かつては小麦粉をひくために使われていた風車だが、今ではナショナルトラストの管理するコテージとなっている。作中では、マーニーの悪夢を象徴する場所として描かれた風車。今は牧歌的な風景の中に穏やかに佇んでいる。しばし眺めていると、一台の車が止まり、二人の男女が降りてきた。遠くから見えた風車の姿に興味を覚えて降りてきたのだろうか。それとも、彼らもここが『思い出のマーニー』の舞台だと知って来たのだろうか? 「Beautiful(きれいね)」と、女性のほうが呟いた。


(『Portrait of Burnham Overy』へと続く)
(ジョーン.G.ロビンソン『思い出のマーニー』岩波書店より)
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(『Intermezzo ~Night Walk in London~』より続き)
「―本当に、来てしまった。」
海辺に佇む青い窓のレンガ造りの家、草原の真ん中に立つ風車小屋を目にしてそう思った。かすかに潮の香りが混じった風、澄み渡った青い空を行く雲の群れ。何日かのイギリスでの滞在の中で、ここまで理想的な天候に恵まれた瞬間はそう多くなかった。長く想像の中で描いていた物語世界の只中に、自分自身がいるという事実に、思考がついていかない。「今、ここ」がまさに物語の中であるという、味わったことのない感覚。
バーナム・オーバリー。これから自分が行こうとしている目的地であるこの小さな海辺の村は、児童文学家ジョーン.G.ロビンソンの代表作『思い出のマーニー』の舞台となった場所である。作中では「リトルオーバートン」とされている村。
『思い出のマーニー』は、幼い頃に孤児となった少女アンナが主人公。一見「ふつうの子」ではあるがどこか他人と距離を置いているアンナは、療養のため海辺の村リトルオーバートンでひと夏を過ごすことになる。アンナは海辺に建つ「湿っ地屋敷」に、なぜか特別な思いを感じるようになり、そこに住む不思議な少女マーニーと友情を深めていく。しかし、村の人間の誰もが、マーニーのことを知らなかった……。
・人間は他人の「たましい」を直接癒すことはできず、むこうからこちらへ向かって生じてくる自然の動きを待つしかない。しかし、そのためにはその人をまるごと好きになることと、できるかぎりの自由を許すことが必要なのである。マーニーや、アンナを引きとったペグ夫妻は、まさにそれをしたのだと言える。
・「たましい」の深い次元に至る癒しの仕事が行われるとき、その人は時に危険極まりない世界の近くをさまよわなければならないこともある。
・別れることは淋しい。しかし、充分な体験を伴う別れは、新しい出会いをアレンジする。
昨年スタジオジブリで映画化されてから出版された岩波書店の特装版巻末に、作者のロビンソン氏の長女であるデボラ・ロビンソン氏の談話が収録されている。そこに、30年ほど前に『思い出のマーニー』を読んで感動した一人の日本人男性が、バーナム・オーバリーを訪れたエピソードが紹介されている。
彼はイギリスへのツアー旅行中、物語の舞台を訪ねようと思った。英語もままならない彼は、苦労しながらもキングズリン駅からのバスを探し、「リトル・オーバートン」がどこにあるか探し出そうとした。しかし、誰に聞いても「そんな村は知らない」と言う。途方に暮れた彼はとりあえずバスに乗り、おそらく海辺にあると思われるその村を探した。そして、バスがとある曲がり角を曲がったとき、印象的な風車が目に入った。挿絵で目にしていたそれと酷似している、白と黒のコントラストが印象的な風車。「ストップ!」彼はバスを降り、そこが彼の探し求めていた「リトル・オーバートン」=バーナム・オーバリーであるということを悟った。
自身を形成するのに少なからず影響を与えた物語の舞台に身を置くことができた感慨は、簡単に言葉では言い表せないものだったろう。
物語では、主人公アンナはロンドンのリバプール駅からキングズリン駅へ行った後、乗り換えてヒーチャムという場所まで行く。ところが、ヒーチャム駅は1969年で閉鎖されている。『思い出のマーニー』が出版された当時は、まだこの場所に鉄道が走っていたのだ。上記日本人男性も、行ってみて初めてそのことを知って驚いたのではないだろうか。
バスターミナルに着き、いくつもの表示から目的地の表示を見つけることはできた。とはいえ、そこへ行くバスが何時に来るのか、何番目の停留所で目的地へ着けるのかが分からない。自分も英語はそこまで堪能ではない。言葉もうまく通じない場所で、違う場所に行ってしまうことは何とか避けたい。
すると、近くにいた初老の男性が「May I help you?」と声をかけてきた。自分の行き先を告げると、それはこのバス停で間違いない、あと10分でバスが来るからそれに乗るといい、大体1時間半で目的地だと、聞き取りやすい発音の英語で教えてくれた。デニス氏と名乗るその男性は、以前豊橋で日本語教師をしていたことがあったという。「そのときたくさんの日本の人に助けてもらったからね」と、笑いながら語った。初めて訪れる異国の地で、このような出会いは本当に心に残る。「バーナム・オーバリーか。海がきれいで、穏やかないいところだよ。『思い出のマーニー』って話は自分は知らないけど、まあ楽しんできなよ。」彼はそう言って、何か困ったことがあったらここに連絡するようにと、自分の携帯電話が書かれたメモ用紙を渡して別のバスに乗っていった。いつかまた親切な彼と会える日が来るだろうか。
バスに乗り込み、車窓からの眺めに見いる。バスは町中を離れ、徐々に海辺に近付いていった。予定では9:30頃に目的地であるバーナム・オーバリーに着くはず。途中、いくつかの海水浴場を過ぎる。季節が夏から秋へと移り変わるときなので、海に入っている人はいないが、砂浜で日光浴をしている人が目についた。カモメの鳴き声も聞こえてくる。穏やかなイギリスの田舎の風景。
その後、地平線まで見える草地、畑地を通り過ぎる。イギリスに来てから雲が低く垂れこめる日が多かったが、今日は「空が高い」と感じる。突き抜けるような青空に、流れる白い雲。自分が目的地に確実に近付いていることが徐々に感じられる。
いくつかの住宅地を抜けて大きな畑地を過ぎた後、バスは大きく左折した。遠くにかすかに海の青が見えた。
そのとき、左手の彼方に、広い草地の真ん中に建つ風車が目についた。「あっ!」と思わず言ってしまった。間違いない、『思い出のマーニー』に登場した風車だ。
そこに、あの「湿っ地屋敷」があった。赤いレンガ造りの印象的な建物。縁を青く塗られた窓が特徴的。現在は穀物小屋として利用されているという建物。「屋敷」というほど大きくはないが、物語が作られた当時は周りに他の建物がなかったため、今より大きく見えたかもしれない。
作者のロビンソン氏は、この屋敷の窓辺に髪をとかしている金髪の少女の幻を見て、この物語を考えたとされている。夕闇に染まる屋敷の窓辺で、髪をとかしている謎めいた金髪の少女。そのイメージは、広がりのある物語性を帯びている。
その日は村でマラソンの大会が行われているようで、ウェアを着た人や応援の人で海岸も賑わっていた。すれ違う人たちが自然と「Hello」と挨拶をしてくる。ロンドンではなかったこと。開放的で温かな空気感が心地よい。
少し歩いて、先ほど目にした風車小屋まで行った。青空をバックに佇む黒い風車は、どこか重厚な存在感がある。かつては小麦粉をひくために使われていた風車だが、今ではナショナルトラストの管理するコテージとなっている。作中では、マーニーの悪夢を象徴する場所として描かれた風車。今は牧歌的な風景の中に穏やかに佇んでいる。しばし眺めていると、一台の車が止まり、二人の男女が降りてきた。遠くから見えた風車の姿に興味を覚えて降りてきたのだろうか。それとも、彼らもここが『思い出のマーニー』の舞台だと知って来たのだろうか? 「Beautiful(きれいね)」と、女性のほうが呟いた。
(『Portrait of Burnham Overy』へと続く)
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