『交響曲』 矢代秋雄

『交響曲』
作曲:矢代秋雄(1929‐1976)
初演:1958年6月9日、渡邉暁雄指揮、日本フィルハーモニー交響楽団

 日本フィルハーモニー交響楽団の邦人作曲家に対する作品委嘱シリーズの第1作として、1956年にパリ留学を終えて帰国した矢代秋雄に委嘱して作られた作品であり、日本を代表する現代音楽の傑作である。スコア冒頭に、矢代氏による《日本フィルのために》という献辞がある。吹奏楽版も編曲されていて、特に天野正道氏の版を中心に現在でも人気が高い。最近では昨年の全日本コンクールで金賞を受賞した福島県立磐城高校の圧倒的な演奏が記憶に新しい。2006年は矢代氏の没後30年に当たる年で、この曲が様々な場所で取り上げられたという。画像

 矢代秋雄は1929年東京生まれ。父は当時日本を代表する西洋美術史家であった矢代幸雄、母はアマチュアのピアニストという、文化的にも恵まれた環境で育ち、幼い頃から英才として将来を期待されていた。
 矢代氏は自身の作風を「原点はフランクにある」と述べているが、それは師である諸井三郎橋本國彦の影響によるところが大きい。セザール・フランク(1822‐1890)はフランスで活躍した作曲家であり、1つの主題を複数の楽章で繰り返し登場させる《循環形式》が特徴的であるが、それは矢代氏の『交響曲』、または日本のピアノコンチェルトの最高傑作として名高い『ピアノ協奏曲』(1964‐1967)でも色濃く表れている。

 寡黙家、鋭い自己批判などで知られていた矢代氏は、1つの楽曲を作曲するだけでも推敲に推敲を重ねて数ヶ月、ときには数年を要しほどの慎重派であった。―もっとも、だからこそ46年という決して長くはない生涯の中で作られた作品はどれも驚異的なまでに完成度が高く、現在までに語り継がれているのであるが。
 そんな矢代作品の中でも、この『交響曲』は異例なほど速いスピードで作曲が行われた。それについて自身は《遅筆家の僕としては大変な強行軍だったが、ここ数年交響曲を書く心の下準備が十分できていたような気がしていたので、敢えて強行軍した》と語っている。

※上は『ピアノ協奏曲』、『チェロ協奏曲』が収録されているCD。佐藤功太郎指揮/東京都交響楽団

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第1楽章:Prelude; Adagio-Moderato画像
 パリ留学時代にオスカー・ワイルドの『サロメ』への前奏曲のつもりで書き始めたが未完に終わったオーケストラ作品が転用されている。弦楽による瞑想的で神秘的な導入部のあと、ただちに金管が《B‐F‐F♯》という有名な主題を奏する。これは全楽章を通じて繰り返し登場する重要な音型であり、フランクの《循環形式》を意識した音楽作りが窺える。頂点で和声的なコラールの動機が提示されるが、再びModeratoのテンポに戻って静かに終わる。

第2楽章:Scherzo; Vivace
 この楽章は初演当時から大変話題になった。と言うのも、当時毎日新聞に連載され、映画化、テレビドラマ化もされた人気小説『自由学校』(作/獅子文六)に登場したお囃子のリズムが転用されているからである。物語の中で、太鼓の音の描写が《テンヤ、テンヤ、テン、テンヤ、テンヤ…》という擬音が使われたが、それを矢代氏はこの楽章の《6/8拍子‐2/8拍子‐6/8拍子…》という特徴的なリズムとして用いたのである。しかし、音楽の雰囲気は祭りの明るく華やいだものではなく、どことなく歪(いびつ)で諧謔的なものとなっている。

第3楽章:Lento
 2つの主題を持った、ややソナタ形式的な変奏曲。矢代氏は《部分的にはバッハ以前のコラール変奏曲の形式をとったところがある》と語っている。全体を通して非常に瞑想的であり、それでいて異様な緊迫感も感じさせる楽章である。

第4楽章:Adagio-Allegro energico
画像 2本のピッコロによる神楽や能楽の笛を思わせる吹き伸ばしが繰り返される中、突如ホルンが不気味に上昇音型を咆哮する。日本的、西洋的音楽形式が融合した印象的な導入である。
 テンポを速めてアレグロになると、すぐさま第1主題が弦楽により躍動的に提示される。楽器の編成を変え、幾つもの上昇と減退を繰り返しながら曲は進行していく。何度目かの主題提示がなされ、緊張感が徐々に高まってきた後、曲は急激にテンポを落として第1楽章にも登場したコラールが雄大に奏される。これまでに現れたテーマが畳み掛けるように再現され、最後にもう一度第1主題が強奏で示された後、曲は幕を下ろす。

 矢代氏は『ピアノ協奏曲』を、《幼いときに発熱して見た怖い悪夢の思い出をイメージした》と語っているが、それはこの『交響曲』にも通じるものがある。第2楽章のメタモルフォーゼした日本の神楽や、第3楽章のまるで異世界を彷徨い歩いているかのような瞑想的な曲調が、この世ならざるもの、画像現実とは相容れないような《夢》独特の論理を連想させる。
※右は『交響曲』、『ピアノ協奏曲』が収録されている湯浅卓雄/アルスター管弦楽団版のCD

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